双極Planetary

詩とか小説とか。

Luger part6

地下施設への移動をする日。
シャンティは私の手を取って、一緒に逃げ出さないか、と言った。
ここから逃亡しよう、と。
地下へ行けばルガーがいる。
君を束縛する人殺しの母に再会する必要はない…と。
シャンティは真剣な眼差しをしていた。
なんだかその瞳はきらきらと光り輝いていて…
「希望」の色をしていた。
お母様からはもう、解放されたいと思っていた。
シャンティとずっと一緒に居たいと思っていた。
でも、私は…


私、お母様に会いたい


私は何の迷いもなくシャンティの手を振り解いていた。
ルガーお母様が修道士を刺し殺したその瞬間を目撃して以来…
あの血の臭いから解放されたいと願っていた。
でも私の心に染みついた濃い血の臭い…
お母様、ルガーが漂わせていたその臭いは、より色濃くなっていた。


ああ、お母様…
会いたい、会いたい
お母様に、会いたい
会える、会える…
やっとお母様に会える


ルガーお母様は地下深い場所、薄暗い牢獄で囚人に拷問を繰り返していた。
地下施設に移動したその日。
私はメイリィに、お母様に会わせてほしい、と必死に懇願した。
するとメイリィは躊躇なくそれを受け入れ、お母様を私の前に連れてきてくれた。

ルガーお母様は、私の姿を認めたその瞬間…
私の腕をつかみあげると足早に歩き始めた。
そして腕をつかんだまま、血生臭い地下の深淵へと私を連れて行った。
私が連れていかれた場所は、囚人達が投獄されている牢獄施設だった。
お母様はその牢獄の一つに、私を放り入れると…
その腕を囚人達と同じように鎖に繋いだ。

何の抵抗も感じなかった。
抵抗を感じるどころか、私は喜びに満ち満ちていた。
お母様の、鎖…

懐かしい、お母様の臭い…
私をこの鎖から…
もう二度と、離さないで

私、ずっと、この檻の中で…
お母様と、一緒に、いたい…

 

それから私の牢獄での生活が始まった。
何もしない。
ただ、鎖に繋がれている。
呻き声が辺りに響いている。
…お母様が、拷問を施す、その音が聞こえる。


心 地 よ い


血の垂れる音…
肉をほじる音…
えぐる音、切る音、千切る音…

苦しみ…発狂…

 

なんて心地良いんだろう…
私の中に住むお母様が、それらの音色を全て美しいものに変換してくれる。

私が牢獄に監禁されてからしばらくの時間が過ぎた。
無機質な石の匂いと、血と肉の生々しい臭い。地下水が垂れる音と呻き声…
それら全てのものが、ルガーお母様を彷彿とさせるものだった。
とても居心地が良い…
私にとってこの牢獄の中は、お母様の母胎そのものに思えた。

メイリィは地下施設に移動してからも常にワクチンの研究を続けていた。
わずかしか残っていないワクチンを複製するためには…
ワクチンを生成するための特有の遺伝子が必要だと聞いた。
研究の合間、メイリィは足繁く牢獄に通っていた。
囚人達と同様に鎖に繋がれ、監禁されている私に会いにくる。
彼女は私に、ワクチンの遺伝子に関わる…
ある女性の面影を見ていた。
メイリィはどこか寂しげな顔で私の事をジッと見つめていた。
その表情を、私はよく覚えてる。

 

牢獄の中で暮らし始めてからまた一年近くの歳月が過ぎた。
ある朝、エピカリによる感染症でハイネ司祭様が死んだと聞いた。

残りわずかなワクチンの投与を拒み続けた事が原因だった。
司祭様はワクチンに対し、恐怖を異様に抱いているような…
そんな仕草だったという。

ワクチンの名前は「ルガー」。
それはある遺伝子と、ある特定の微生物を利用して生成される治療型ワクチンだ。
いつか教会の倉庫で目にしたあの赤い微生物…
あれこそが、ワクチン・ルガーだったんだ。
ワクチンの見た目に驚いて投与を拒む人は多かったけど…
司祭様はまるで違う…
神様か何かを恐れているような、そんな様子だったと聞いた。
ワクチンの投与を最後まで拒み続けた司祭様は…
エピカリによって狂人と化し、自害する事によって人生を終えた。


新しいワクチンの研究、生成はついに追いつかなかった。
その後エピカリは地下施設内にも蔓延しはじめ…
それは唐突に猛威を振るい、死者は続出した。
私たちを管轄する傭兵部隊はこの地下も捨て、自国へと戻る事を決断する。

敗戦国の民である私たちはいよいよ見捨てられ、全員が殺される事になった。