双極Planetary

詩とか小説とか。

Luger part5

見られてしまった…
私の身体の中は、恐怖と罪悪感で一瞬にして満たされていった。
お母様は、ナイフを握っていて…
乱れのない足取りでシャンティに歩み寄った。

それに気づいた教会の修道士がお母様を制止しようと走ってきて…
でも、ナイフを振り上げたお母様は何の躊躇もなく、その刃を突き立てた。
それは制止に駆け寄った修道士の胸部に深く突き刺さった。

騒ぎを聞いて駆け付けた傭兵たちがお母様を取り押さえ…
…刺された修道士は治療を受けるべく運ばれた。
でも躊躇なくえぐられた傷は深く…その修道士は即死だった。


放心状態のまま自室に戻って…私はそれから動けなかった。
ただ、床に座り込んだまま…何を考えるでもなくジッと何かに耐えるように…
身体を動かそうとしても動かない、動きたくない。

お母様はヒトゴロシ?

誰とも会いたくない。
血にまみれたお母様の顔が…

頭から、離れない。

血が、血が、たくさん…

血が、お母様の、顔を、腕を、髪を、染めてる


血の臭いには慣れていた。
お母様が拷問史なのもずっと昔から知っていた。
でも実際にお母様が人を殺す瞬間を見た時…
私はどうにかなってしまいそうだった。

あんなに、カンタンに…
人を殺してしまった…


お母様はヒトゴロシ

ルガーお母様が人を殺す瞬間。
それは私の脳裏を捉えて離そうとはしなかった。

この事件の後、お母様は部隊からの外出を禁止され…
今までのように地上を訪れる事は無くなった。
私はお母様に会うのが怖くて、もう地下から出てこないという話を聞いてひどく安堵していた。
それでも、あの瞬間…
人間の悲鳴と、血生臭い臭気。溢れ出る赤黒い血液とそれを浴びたお母様の横顔…
それらの記憶は脳裏にこびり付いたまま…
私は与えられた仕事もせずに、しばらく部屋にこもっていた。
それから数日の後、メイリィが私の部屋を訪れた。
彼女は私を、赤い花が一面に咲いている教会の外へと連れて行った。

それは私が幼いころによく、お母様と一緒に過ごしていた場所だった。
赤い花の独特な香りと…
お母様から漂う血の臭いが鮮明に呼び起こされる。
同時に、人を殺した瞬間のお母様の姿も脳裏に蘇る。
メイリィは言っていた。

「…本当は誰だって」
「自分以外の命なんてどうでもいいと思っているわ」
「あなたのお母様は…」
「あなたが言うような人殺しではないのよ」


メイリィがその言葉を私への気休めで言ったのか…
それとも本気でそう思っていたのか分からない。
ただ、赤い花畑を見ていると、お母様の後姿が思い浮かんだ。
地上にいる間、私を自分のそばから放さない。
いつでも手を握って、私をすぐ近くに置いておく。
私はその背中を一生懸命に追いかけていた。
血の臭いと冷たい手…
決して笑顔を見せないお顔と長い長い、銀色の髪…
それらの記憶は、私の心に染みついていた。


それから、一年近く歳月が流れたころ…
あの感染症、エピカリが急激に拡大する。
ワクチンのストックが全て無くなってしまったからだ。
その様相は壮絶なものだった。
感染した人間は凶暴化し、周囲の人間に殺意を抱き、衝動的に殺し合う者すらいる。
感染者は監禁され、鎖に繋がれた。
それでもウイルスの拡大を抑えることは出来ず、周囲の村は感染者で埋め尽くされてしまう。
生き残った者は逃げ込むようにこの教会の地下施設に場所を移すことになったのだった。
拷問が続けられていた軍事施設は冷たく、薄暗く、ひどく血生臭い場所になっていた。

お母様…

その場所にはルガーお母様がいる。
その事を思った時…私の脳裏には、子守唄を口ずさむお母様の姿が思い浮かんでいた。

お母様にお会いするのは、修道士が刺し殺されたあの時以来の事だった。

再会するのが怖い。

会えばまた束縛される。血の臭いが身体に染みつく。
それに…お母様はヒトゴロシだ。
私はもう、おどろおどろしい血の臭いから解放されたい。
…お母様はきっと、私の事を愛してなんていない。
私はお母様の笑顔だって見た記憶が、ない。

お母様に会う事のなかった一年間、私はそう思っていた。
でも、地下へ移動すれば、そこにはお母様がいる…
まだ生き残っている感染者を地上に捨て置いたまま…
お母様のもとへ行く?


「このままここにいれば殺されてしまうわ」
「あなたも一緒にこなくてはいけない…」
「―さあ、行きましょう」

「あなたのお母様が居る場所へ」