双極Planetary

詩とか小説とか。

Luger part3

それからもルガーお母様は変わらず私に会いに来てくれた。
私の近況を事細かに確認するお母様の様子はまるで、私を監視しているみたいだった。
お母様はいつでも血の臭いを漂わせていて…
その臭いはだんだん、私の身体にも染みついているような気がしていた。
その頃の私は、その臭いがなんだかとても怖いものに思えた。
臭いが手に染みついて全然はなれない気がして…
私は近くの川で何度も何度も手を清めていた。
洗っても洗っても血の臭いは取れなかった。
だから私は毎日、毎日、川に手を清めにいくようになった。

いつもそうしてる私の事を気にしていたのか…
私は男の子に声を掛けられた。

「この川の水、綺麗だよね… それに冷たくて気持ちがいい。」
「果物や飲み物はここで冷やすといいよ…」

その男の子はシャンティという名前で…
戦災孤児として教会で暮らしている私と同年代の少年だった。
シャンティは似た境遇の私に興味を持ったみたいで…
それから私を見かける度に声を掛けてくるようになった。
でも私はルガーお母様の言いつけをかたくなに守り、シャンティを避けてばかりいた。

この頃から、教会をとりかこむ野原一面に赤い花が一斉に咲き始める。
毒々しくも鮮やかな色味をしたその花びらは、どこかルガーお母様を彷彿とさせた。
私は真っ赤に染まった花畑に、違う色の花が咲いて欲しくて…
地面に穴を掘っては違う花の種を埋めるという事をよくしていた。
お母様を彷彿とさせる赤い花に埋め尽くされた花畑に、私という存在を割り込ませたかったのかもしれない。

そのころも変わらず、お母様は私に会うため地上へ上がってきていた。
司祭様は聖堂を訪れるお母様の姿を見るたび、どこか怯えているようだった。
敵国傭兵部隊の、それも拷問史だったのだから当然かもしれないけど…
お母様に対して司祭様は…そういう類のものとは、また違った恐怖を感じているみたいだった。
ルガーお母様に、一種威容な「何か」を見ているような…
私にはそんな司祭様が理解できなかった。
赤い花に包まれたお母様はただ、ただ、綺麗で…
吸い込まれるような、そんな魅力を私は感じていた。

お母様は私をその花畑によく連れて行って…何をするでもなくただ赤い花畑を眺めていた。
お母様は私と接する時もいつだって冷然としていて、笑顔を見た記憶はほとんどない。
私にとって…
拷問史であるその身体からいつも漂っている血の臭い…
子供のころよく聴かされていた子守唄…
眼の前に広がる真っ赤な花畑…
私にとって、それがルガーお母様の全てといえた。


私は10歳になろうとしていた。
食料もまともに手に入らない貧しい環境のなかで、私はただ静かに暮らしていた。
人気の無くなる深夜になると、祭壇の前で祈りを捧げて皆の幸せを祈ったりしていた。
シャンティは今まで以上に私に近づいてくるようになった。
お母様の言いつけを守る私が、避けても、避けても…
彼はめげずに、何度でも私に話しかけてきた。
私が畜舎で動物たちの世話をしている時も、シャンティはよく姿を見せていた。
私には理解できなかった。
どうして、ここまで私に興味をもってくれているのか。
でも悪い気分はしない…
やっぱり私は心の底で、人との触れあいを望んでいる。
私がお母様以外の人との関わりを禁止されている事をシャンティも知っていた。
私たちが話しているところを誰かに見られるのはよくない。
そんなような事を言って…長くお話が出来ない代わりに、シャンティは手紙を書いて持ってくる

ようになっていた。
手紙をワラ山の中に隠して、私もその返事を同じ場所に隠す。
そんなやりとりをする事で彼と会話をしていた。
外出を禁止されている私に、シャンティは外の世界の事を色々と教えてくれていた。
私は徐々に、シャンティに惹かれていくのを感じていた。
お母様以外で唯一、私に話し掛けてくれる男の子…

「今日もまた… ここに入れておくよ」
「手紙。明日も、明後日も、その次の日も… ここへ入れておくから」
「外の世界を知らない君に、今日、外で起きたこと…」

シャンティ…


私が12歳になったその日。
長い、長い戦争は…ようやく終結をむかえた。
私たちの国は戦争に負けた。
敵国が新種の兵器を開発してすぐの事だった。

長引く戦争を終わらせたその凄まじい力を持つ兵器は「エピカリ」と呼ばれていて…
見た事もない感染症を誘発する病原体を使用したおぞましい生物兵器だった。
終戦後、私の村では村人が奇行を繰り返したあげく自害するという事件が多発する。
それは生物兵器「エピカリ」によって広がった、ウイルス性の病が原因だった。
感染者に共通していたのは、奇行を繰り返したあげくに記憶を失うという事。

特定の色を異常に恐れる者…
狭いところにこもって呻き続ける者…

その奇行はエスカレートし、動物や人間を殺すという行為…果てには自害に及んでしまう。
病中は身体に直接異変は見られないけど…
死後、死体の皮膚は変色し、鮮やかな紫色に染まるという特徴があった。
その紫色は屍からウイルスが溢れている事を表していた。
感染を止めるためには、死亡した感染者を早い段階で焼却処理する必要があった。
エピカリに感染した者、また、その屍は一か所に集められることになった。
それは村の外れにある教会…私の暮らしているその場所だった。

紫色に染まり始めた屍は祈りを捧げられる事もなくただ、無造作に焼かれる。
焼却処理をする人間はその感染を防ぐために物々しい恰好をしていて…
その他の人間は屍に近づかないよう徹底された。

でも、私は耐えられなかった。

周囲の制止を振り切って、私は祈りを捧げた。

 

「せめて、祈りを…」
「祈りを…」